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おだやかな日々

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monologue_1 父が他界する前の3週間

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他界する3週間ほど前、自宅ベッド前で突然意識不明になり救急車で搬送された父。救急外来に到着したときには意識が戻り、脳外科部長の診断は「外傷性のてんかん」。念のため入院したものの特に検査や治療は施さず、ただ点滴と寝ているだけで3日後には退院となった。入院中は帰りたいと叫んだり唸り声をあげたりで病院からは付き添いで泊まって欲しいとまで言われた。ベッドのそばで声をかけると手をさしのべてきて、家族の手を握りたがる。思えばこの行為はこのころからだったかもしれない。

退院後の父は、それまでとはかなり様子が違って見えた。何よりも、食べない。食欲も湧かないのか、一口食べるとすぐに止めてしまう。そして席を立ちベッドに戻ろうとする。退院直後は水分さえとらなかった。数日前までは困るほど食欲旺盛だったのに。

そして、笑顔がない。笑わなくなった。
会話もなくなり、発する言葉といえば、やだよ、死んじゃう、こわいよ…という叫びだった。ベッドに行きたがるわりには5分もするとすぐに起き上がろうとした。しかし立ち上がり数歩、歩くとまたすぐにベッドに戻った。その繰り返しだった。ベッドの上で寝るか、叫ぶか、している以外、起きているときはどこか上の空というか、ぼんやりと何かを考えているような、そんな様子だった。死を意識し始めたと思った僕は、父の若い頃の写真を一緒に見たり、僕が幼い頃の思い出話を聞かせたりと、まだ父には生きる力があるということを語りかけた。あるいは、チベット死者の書で知った死後の世界のことを話したり…。

一度、散歩に誘ってみた。外の空気を吸い、景色を見れば、少し気分が変わるのではないかと思ったのだ。着替えをし、ゆっくりと玄関まで一緒に行くと、途中で黙って踵を返す。どうしたのかと問い、散歩ではなくベッドに戻りたいのか、と聞くと黙って頷く。部屋着に着替えて横にさせると間もなく、起き上がり、散歩に行くと言う。再び着替え、今度は一緒に外に出てみた。杖をついてゆっくりと歩く。向かいの家の梅の花がきれいだった。足下にもかわいい草花が咲いている。その存在を教えても父は何の反応も示さなかった。途中、車はどこでまっているのか、と聞くので、デイサービスに行くと勘違いしているのかと思い、今日はデイには行かないよ、というと、それは嫌だ、と。そうか、デイに行きたいんだな…と思うことがあった。それでもゆっくりと歩を進める父。この様子を姉に見せて上げようとスマホで写真を撮った。その写真は今でも僕のスマホに収まっている。何も言わずこちらを見つめる父。少し戸惑っているような、困っているような、驚いているような…でも、本当の父はそこにいないような。そんな姿だった。

意識がなくなったあの時、父に何が起きたのだろうか。
父は何を体験したのだろうか。
あの日を境に父は変わってしまった。
父が突然この世を去ったのは、それから10日後くらいだ。

by matin_soiree | 2020-04-01 14:43 | monologue
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